鹿沼絵里さんの現在。夜逃げせずに古尾谷雅人を支えた元嫁が明かす死因。

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2003年に亡くなった俳優、古尾谷雅人さんの妻で女優の鹿沼絵里(かぬまえり)さんが、

夫の自さつの理由をお話になられたことがあります。

個性派俳優であった古尾谷さんの苦悩、そして同じく鹿沼絵里さんの苦悩が

非常に強く感じられました。

もちろん、並々ならぬものがありますが、古尾谷さんからのDV、

3億にまで膨らんだ借金など、苦労が絶えなかったのがよくわかります。

鹿沼絵里さんの夫・古尾谷雅人さんの仕事

古尾谷さんはドラマ「北の国から’87恋」や「金田一少年の事件簿」など、

ヒットしたドラマにコンスタントに出演しており、

その個性的な演技力で、名バイプレーヤーとして名を馳せたスターでした。

しかし、その一方、演技や役柄には激しいこだわりがあったそうです。

好まない役は全部断っていたそうです。

ただ、それでもあれだけメディアに出ていましたから、

この方の実力がよくわかります。

オファー自体がとても多かったということですから。

マンションは1億5000万のローン

しかし、仕事を選びすぎて、役柄の依頼が来なくなり、

約1億5千万円で購入した高級マンションのローンが滞ったことから、

しだいに変調があらわれたそうです。

ストレスから物に当たり、アルコールに逃避し、

家庭内暴力が増えてきたそうです。

鹿沼絵里さんも、暴力、しかも顔を何度も何度も殴打されるという

被害にあわれたそうです。

「顔はやめて!」と絶叫して懇願したこともあったそうですが、

全治5カ月のケガを負ってしまったことも。。。。

古尾谷さんは家族に暴力を振るう自分自身に思い悩み

その症状は悪化してついにノイローゼにまでいたったそうです。

このことは鹿沼絵里さんご本人が語っておられます。

ときおり、古尾谷さんは鹿沼さんに自分が死んだら泣くか?と

問いかけるなど、「死」について口にすることが多くなり、

亡くなれば自分の偉大さが分かる、と言ってその三日後、

寝室にある洋服タンスのパイプに胴衣の黒帯をかけ、縊死しました。

古尾谷さんの死後10年。鹿沼さんは、夫のことについて

語った後、やっとリセットできた。 手の掛かる人だったけれど、今でも家族。と

語りました。深い愛情が感じられます。

これらの告白は、鹿沼さんの手記として出版された

「最期のキス」にも綴られています。

数々の映画賞を獲得したが、30代半ばから変調したそうです。

もともと潔癖症でいつまでも洗面所で手を洗うなど、少し過剰な

ところがあったが、しだいにそれが被害妄想に変わったらしいです。

前述のとおり、役柄の選り好みで、仕事も徐々に減り、

マンションのローンの返済計画が実現しづらくなっていきます。。

元金据え置き、利息のみの25万円にしてもらい、

大きな収入があったときまとめて払うかたちでお願いしたそうですが、

それさえも無理な状況となっていったそうです。

それらのストレスは家庭内暴力というかたちに変わりました。

ソファに座っていた鹿沼さんはいきなり

腹をけられたり、身体や顔をけられたりしたそうです。

包丁を持ち出そうとした古尾谷さんに怯えた鹿沼絵里さんが

子供を連れて夜中に逃げ出したこともあったそうで、本当に壮絶だったようです。

役者の生き様として、倒れるなら撮影現場で天寿を全うしたいなどと

口走ることも増えたそうです。

鹿沼絵里さんの現在は?介護士など

鹿沼さんは立ち直った後、神楽坂でスナック、または芸能プロダクションなどの

お仕事もなさってましたが、現在は介護資格1級を取り、

東京都内の介護施設で働いているそうです。

家族の不幸から、夜逃げしようと思ったことも。。。

鹿沼絵里さんのお母様も闘病生活や未遂行為の果てに

お亡くなりになり、お父様がそのあとを追ってしまったことも

おありだったようです。

いろいろなことが重なったダメージで、

夜逃げや、不穏なことも考えましたが、家族から励まされて、

どうにか思いとどまったそうです。

つらい人生に思えますが、本当に

幸せな瞬間がきてほしいと思います。

故・古尾谷正人さんへ向けた言葉で、

今でも家族というくらいの深い愛情をお持ちの方ですから。

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