カルロス トシキ、水野真紀がファンだったと告白。

スポンサーリンク

カルロストシキさんは「オメガトライブ」のボーカルでした。

オメガトライブ&カルロストシキ。代表曲は「君は1000%」

大ブレイクしたのにカルロストシキさんの名をあまり聞きません。

現在も歌手活動しているんでしょうか?

詳しく紹介してみましょう。

カルロストシキさんの人生

カルロストシキさんは「日本で歌手になりたい」という夢を持っていました。
お父様は、まずはブラジルで歌手として1位になれと言ったそうです。

もし1位になれたら日本行きのチケットをプレゼントするとお父様は約束しました。

カルロストシキさんは歌の練習を重ね、遂に17歳の時に1位となります。

ちなみに優勝した曲は西城秀樹さんのブルースカイ。

カルロストシキさんは、お父様との約束通り日本へ旅立ちました。

カルロストシキさんが来日したのは18歳。

カルロストシキさんは父親の姉を頼ってアルバイトをしていました。

4畳半のアパートで暮らしながらボーカルレッスンを受ける日々。

カルロストシキさんはデモテープを作り関係各所に配りました。

それが功を奏してオメガトライブのプロデューサーからお呼びがかかります。

ついに「1986オメガトライブ」のボーカルとして大ブレイク!

ヒット曲を多数リリースしました。

その後、バンドは解散。

広告

しかし35歳でブラジルに帰国してしまいます。

カルロストシキさんは両親のレストランを手伝って気づいたことがあります。

ブラジルのにんにくの質が悪い。

カルロストシキさんはご自身で良質のにんにくを作る研究を始めました。

知人を通して病気に強い野菜の種を開発する会社に就職しました。

更には47歳でバイオテクノロジー研究を大学で始めます。

6時半起床で寝るのは深夜12時という研究生活。

ブラジルの農作、ひいては食生活への関心・情熱が高かったのでしょうね。

暑さや病気に負けないニンニクのを開発し、ブラジルでも評価、名声を手に入れられました。

現在はブラジルで植物の苗や種のウイルスをなくし農家などに販売する会社に勤めておられるそうです。

水野真紀さんとカルロストシキさん。

ずっとファンだったという水野真紀さん。

あの、よく通る美声に魅了されたのでしょうね。

今は転身なさっていますが、ときおり日本でも歌ってらっしゃいます。

水野真紀さんとカルロストシキさんの顔合わせに期待ですね。

広告

スポンサーリンク







シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする