探偵はBARにいる3、評判のストーリーをネタバレありで考察。

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興行成績も芳しい、待望といっていいでしょう、

「探偵はBARにいる3」。
シリーズ第三弾です。

この映画、最近ではちょっと珍しいというか、
けっこう古典的な映画なんですね。

しばらくネタバレはありません。

途中で以下ネタバレと記してある以降はネタバレあります。

探偵はBARにいる3の設定

ススキノを舞台にしたハードボイルド、といえば
いちばんわかりやすいでしょうか。

大泉洋さんはあまりハードボイルドなイメージではありませんが、
骨組みとしてはそういったカテゴリーに入るでしょう。

ハードボイルド仕立てにする仕掛けとして、
シリーズ通じて、探偵の1人称で進みます。

つまり、「おれ」視点。名前を名乗るシーンはありません。

おれは、というナレーションはあります。

探偵がスマホや携帯を持たず、バーで連絡を受ける主義、というのも
うまい設定です。

ハードボイルドらしさや探偵ものらしさを出すのに貢献しています。

スマホで検索よりは、足を使って会いに行く。

これは探偵やハードボイルドものには重要です。

事件に繋がっていく動きも作りやすいです。

しかし、あまりにもそこにこだわると、絵空事になってしまう。
このシリーズは、パワータイプの相棒、松田龍平を配置することで、
携帯やスマホの機能を限定的に使用可能にしています。

空手使い、頭を使うのは探偵、ケンカの際の強力なパートナー。

という役割に見せつつ、探偵への、または探偵からの、

連絡ルートでもあります。

探偵はBARにいる、松田龍平演じる相棒、高田の機能

探偵の相棒というのは、割と自主的ではありません。

主人公に黙ってついていく、というのも古典的な形式で、かつ有効です。

そういう意味では、キャラクターの歴史やストーリーを細かく描写しなくても、
それなりの人物像を感じさせられる大泉洋や松田龍平はかなり映画のできに貢献しています。

もっと言えば、ある程度のおっさんでないと、
存在感みたいなものは厳しいかもしれません。

ともかく、相棒キャラとしては、ルパンの横にいる次元のように、
何を言うでもなくついてくるという松田龍平さん演じる
高田は便利なキャラクターです。

と、ここまでが映画の骨組です。
古典的ですが、しっかりしてます。

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この古典的な映画が、ここまでヒットしているのも、
手堅くきちんと作れば観客は見てくれると言うことでしょう。

探偵はBARにいる3のストーリーはどうか。

基本的に、この映画がとった形式として、最も成功している物語があります。

シャーロック・ホームズ
~ボヘミアの醜聞~

今ならネットで読めると思います。

これは完璧なるホームズがある女性に敗北を喫する物語です。

合理性・論理性を重んずるホームズは常に女性のことを嘲笑気味に語る。

遠方の王様が、過去のスキャンダル写真を相手の女性から取り戻そうとする。

ホームズは依頼を受けるが失敗、女性は別の男性と結婚。

スキャンダルは封印されるが、写真は自衛のために女性が持ち去る。

完璧に負けたホームズは、その女性のことのみ、嘲笑を交えず、

「かの女性」と尊敬の意をこめて話すようになった。

その女性、アイリーン・アドラーはホームズに忘れえぬ傷を残した女性です。

飾らない文体が素晴らしいエンディングの余韻を残す名編と言えましょう。

さて、「探偵はBARにいる3」です。

この映画では、言うまでもなく、北川景子がアイリーン・アドラーの役割です。

しかし、ボヘミアの醜聞ほどの完璧さを備えていません。

脚本的にも、女優としての個性としてもです。

探偵は、エンディングでつぶやきます。

「いつかあの女にもういちど会えるのではないか」

これは北川景子が大泉洋に消し去りがたい何かを残したと解釈できます。

そして、結局は北川景子は意思を貫徹しています。

だからこそ、途中でか弱い女性の一面を見せてはいけません。

だからこそ、全てが終わって涙を流す女性ではいけません。

空を見上げて煙草のひとつも吸って、不敵に笑う女性でなくてはなりません。

リリーフランキーさんに銃を向ける時も、叫ぶ演技はいいのですが、

目的のためなら迷いなく忍び寄って発砲しなければならないはずです。

警察に邪魔されるのではなく、発砲したあと、

自主的に両手をそろえて差し出すような行動がふさわしいと思いました。

社会的規範の外側にあってなお、自分の信義を貫く女性であるべきです。

天海祐希あたりがやるとしっくりくると思うんですが、どうでしょう。

北川景子さんがダメというわけではなく、脚本のねらいが絞り切れていないのと、

絞り切れてたとしても個性としてちがう、と言いたいのです。

もし、強くないのに、強くあらねばならない悲しさを持ったキャラクターが狙いなら、

大泉洋演じる探偵は彼女の意思を貫徹させてはなりません。

救えなかったということになります。

それは探偵という仕事の失敗ではなく、

キャラクターの否定です

ここが最大の弱点だと思います。

「探偵はBARにいる」、その依頼人と、探偵の役割

美人、というお約束です。これもまた、古典的ですが、必ずそうあるべきですね。

依頼を果たせるかどうかはあまり重きが置かれていません。

依頼人の人生を描くことのほうが重要なシリーズです。

探偵ものとは必ずしも依頼を遂行できるわけではありません。

探偵ではないですが、古畑任三郎やコロンボ、ポアロなんかは完全に近い推理力です。

いっぽう、金田一耕助なんかは、あまり事件を阻止できません。

人間関係、家庭関係などに追い詰められて事件を起こした真犯人に、

ある種の許しを与える存在でした。

そういう意味では、このシリーズの大泉洋さん演じる探偵は、

金田一に近い役割を果たすことが多い気がします。

探偵はBARにいる3、そのアクションシーンについて。

本作は乱闘シーンがあります。

大泉洋さんと松田龍平さんが悪党どもと組んずほぐれつの大乱闘。

ワンカットで長回ししたものを、スローなどで加工しています。

キングスマンの教会での乱闘シーンをモチーフにしていると思いますが、どうでしょう。

キングスマンの映像加工は、殴打の衝撃をより激しく見せる加工です。

そして「探偵はBARにいる3」では動きをじっくり見せるための加工になっています。

力の入ったいいシーンだと思います。

松田龍平VS志尊淳

助手である松田龍平は、用心棒の志尊淳にいちど敗北を喫します。

だらしない腰ばき、茶髪の若造に圧倒されてしまいます。

リベンジを誓ってサンドバッグに向かう松田龍平、

そして大泉洋のピンチに参戦して再戦という流れは胸アツですね。

松田龍平を蹴り飛ばすパワーは志尊淳からは感じられませんが、

映画の誇張としてはいいと思います。

2戦目、スピードで圧倒する志尊淳のふりつけもピッタリですね。

かなりハードなふりつけ、殺陣だと思います。見ごたえあります。

そしてラスト、どうしても勝てない松田龍平は腰ばきのパンツをずらすという手段をとります。

茶髪の若造はもちろんうろたえます。

そしてドロップキックで「恨みっこなしだぜ」的に終わる戦い。

素晴らしい勝敗の付け方です。

松田龍平演じる高田のようなやつはファッションに興味もありません。

ジーンズですが、仮に腰ばきをずらされてもうろたえずに攻撃できるでしょう。

ルールなしの戦いで、見てくれを捨てきれない若造をおっさんがぶちのめす、

非常にリアルな展開だと思います。

恥をかくことを恐れない、獲得目標がはっきりしている。

つまりある程度年齢を重ねたおっさんだということです。

キャラクターのファッションから戦闘のふりつけまで、

非常によくできたアクションシーンで感心しました。

リリー・フランキーさんについて

この映画の役どころは、非常に武闘派です。

サディストという役柄ですが、どっちかというと、

変態的な暴力ではなく、武闘派的な暴力だと思います。

サディズムではなくバイオレンス。

マンガでいうと、

「殺し屋1」というよりは「ろくでなしブルース」。

変態的な暴力は描写が難しいですが、

成功すれば、リリーフランキーさんの個性とあいまって、

素晴らしい効果をあげたと思います。

探偵はBARにいる3の色合い

大泉洋さんは、このシリーズを、

「たとえるならくすんだ色合い」と評しておられます。

依頼人や被害者の人生の裏表を描くこのシリーズに

ピッタリな表現だと思います。

北川景子が命をかけたもの。その価値を問う映画です。

観客は思うところ多いのではないでしょうか。

この映画ほどストレートではありませんが、

同じテーマと考えてもよいのが以下の映画だと個人的には思っています。

ブレードランナー2049

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